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さくら 


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さくら


 部屋の中心にあるまっさらな五十号のキャンバスは、道展のU21に出展するために購入した。大学の美術部は数年前にとっくに廃部になっていて、仕方なしに二部屋あるアパートの一室を作業部屋にしている。空調もなく換気も良くない部屋は、お世辞にも作業環境は良くない。それに全部が自費で驚くほど経費が掛かる。部屋に遊びに来た同期は、「なんかこの部屋臭いんだけど」なんて言う。けれど趣味にかかるお金は生きるための必要経費という持論の下、食費と友達を削ってなんとかやりくりをしている。
 U21の出品は今年が最後だ。挑むキャンバスはエントリー規定で最大サイズのS50号を選んだ。題材も構図も何年も前から決まっている。頭の中で思い描いた絵を、キャンバスに描けるようになるまで温めてきたのだ。ラフは中学校の時から鉛筆を使うのが好きで、アクリル絵の具やパステルなど試したりもしたが、結局今日もハイユニを走らせる。線の一本一本が生き生きと――今日は調子が良い。
 何度も頭の中で描いてきた構図をキャンバスに描くごとに、私はあの日へ戻されるような気がした。筆が加速する。
さあ、あの日の恨みを――。

 ***

 中学校の帰り道には、タンポポを摘んで帰るのが日課だった。新鮮なタンポポの葉はさくらの好物なのだ。さくらもそれを知って、私が帰宅すると玄関まで駆けて来る。それが、いつものように玄関で待っていてもフローリングを駆けるかちゃかちゃという爪の音がしない。不思議に思って古びたダイニングテーブルの下など探すうちに、ソファの陰からのろのろ這い出てきた。ゆっくり動くさくらは珍しく、心なしか毛艶も無いように感じてしまう。
彼女が弱弱しい姿を見せたのは一瞬で、私が道端で採ってきたタンポポを差し出すと、いつも通り目をギラギラさせて食べ始める。食欲が無い訳ではないんだな、と一安心したとき、歩き始めたさくらを見て息が止まった。後ろ足を引きずっている……。
 慌ててさくらをキャリーに移し、青ざめて向かった病院で告げられたのは彼女が脱臼しているという事だった。麻酔での治療が、三日後に行われることになった。

ミニウサギのさくらの定位置は薪ストーブの前だった。エスニック風のカバーの被った厚手のクッションはさくらの特等席で、いつも上にのさばり体を伸ばして寝転んでいる。その隣に座ってわたしがテレビを見ていると、いつの間にか父親が帰宅して夕飯になる。父が、身体を壊したと電話してきた母親を呼び寄せるまでは、父親と二人暮らしの日常はそうやって過ぎていそれが、あの人が来てから変わってしまった。マッサージチェアーと共に越してきた彼女は、さくらのために開けておいた床を荒らしに荒らしまくった。そして、わたしが寝そべるさくらを撫ぜていると、祖母は決まって「野生だと絶対に生きていけないわね」なんて嫌味っぽく言った。
父のお金で買ったあの人の私物は床を侵食し、ついにさくらの定位置と競合し始めた。彼女が通販で購入したダイエット用品がクッションの脇に置かれ、流石に注意しなくてはと思っていた矢先、彼女の機械がさくらを脱臼させたのだ。
 近所の雀荘から意気揚々と帰宅したあの人にさくらの事を伝えると、横目でケージのさくらを見て「あら、そうなの」とほほ笑んだだけだった。 


次の日も、さくらに上げようといつものようにタンポポを摘んで帰った。心配する素振りを見せるとさくらも不安になるかもしれないから特別な振る舞いはしないようにと父親と話し合ったのだ。少しでも喜んでくれると良いな、そう思い玄関扉を開けると、祖母が立っていた。みると重そうに黒いビニール袋を持っている。「ねえ、それ何……?」恐る恐る聞くと、「ああ、あのね。あの兎死んだのよ」だからケージを捨てるの。そういって彼女は軽い足取りで出ていった。
その日の夕飯は肉だった。

***

できた……。
S50のキャンバスに描いたさくらは、まるで生きているようだ。これを描けるようになるまでずっと待っていたのだ。やっと再会できたね。
「これはもう要らないや」
燃えるゴミの日は木曜日だ。明日捨てる用の赤い燃えるゴミの袋に、拳ほどの膝関節の骨は捨てた。
 

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