10 // 1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30. // 12

雨の日の女 


20120907215857248_201604291510463fa.jpg


  雨の日の女

 
 仕事が終わった後、家まで歩いて帰るのをここ何年も日課としていた。規則正しい運動を心掛けているとかそんな大層な理由ではなく、ただ単に歩くのが好きだった。車を持っていない私は冬の間のバス通勤を除いては、ほとんど毎日歩いて帰宅した。それはすっかり冷え込んできた晩秋の今日とて例外ではなかった。

 私が勤める印刷会社は国道沿いの大きなビルに入っている。いつものようにタイムカードを記録して自動ドアを抜けると、黒く濡れた地面に行き交う車のヘッドライトが反射して鈍く光っていた。天気予報では曇りだったのに。いつも持ち歩いている折り畳み傘は、今日に限って忘れてしまっていた。最近流行りのコンビニエンスストアも、この辺りにはまだできていない。ビルの前に公衆電話はあったが、迎えに来てくれる家族を生憎持っていなかった。
 仕方がない、急いで帰ろう。よくあるマンガの冴えない主人公のように、頭の上にビジネスバッグを雨除けに乗せて、速足で歩きだす。電灯の多い国道を抜けて住宅街へ入ると、それまでの明るさとは一変して、暗い夜道にかわった。そういえば、町内会の回覧板でこの辺りで不審者が出たと書いていた気がする。数少ない電灯の一つは今にも切れそうに怪しく点滅していて、男の私でも少々気味が悪かった。

 そういえば、昔もこんな風に雨の中帰ったことがあったっけ。砂利道に差し掛かった時、ふとここに越してきたばかりの事を思い出した。小学生も高学年に上がった頃、私は父親の転勤でこの町に越してきたのだ。当時町には小学校が二つしかなかったため、一つの小学校の通学区域が偉く広かった。それに家が校区の端にあったのも相まって、友達の家に遊びに行くにはいつも長い距離を歩かねばならなかった。
あの日は土曜日の授業が終わった後で、誰が言い出したのかは忘れたが、友人の家に四人で泊まろうという事になっていた。それが夕飯をご馳走になっている途中で、帰って来いと父親からその家に電話が入ったのだ。特に用事は無く、恐らく断りを入れないで出て行ったのが癇に障ったのだと思うが、怒ると怖い父親だったから慌てて家に帰宅したのを覚えている。同じように雨が降っていたが、電灯は今よりも頼りなかったと思う。木製の電信柱の黒々と濡れて光る木目がどうしても顔に見えてしまって恐ろしく、どうにか見ないように走って帰ったと記憶している。
 
 雨は会社を出た時よりは小ぶりになっていたものの、ぐっしょり濡れてしまった今では関係ない。タクシーを呼ぶにもこの辺りの公衆電話はビルの前の一つだけだった。それにテレホンカードは切らしたばかりで持ち歩いていなかった。両親が転勤して独り残された大きな一軒家までは後一キロもない。いつもより長く感じた帰路ももうすぐ終わりに近づいていた。
そういえば。あの後しばらく雨が降っては好き好んで外に出る時期があったのだった。今ではスーツをすっかりダメにした雨をこんなに鬱陶しく感じているのに。何故だったろう、小学生の気まぐれという感じではなかった気がする。

懐古していると、あの日の父親の妙な言葉が、胸の内で反芻された。「お前、傘なんて持って歩いていたんだな」あの時は父親に腹を立てていたから返事もしなかったように覚えているが、傘なんて――。

ツンと雨の匂いが鼻を通り、同時に一種の懐かしさに包まれた。そして驚くほど突然に雨が止む。これは初めての経験ではないと、どこかで分かっていた。そう、あの時も。あの日俺は一人ではなかったのだ。確かに途中まで、電信柱を怖がりながら一人で走っていたように思う。しかしどこかで、途中で、そうだ、この砂利道で。

「あら、思い出したの?」
 
 ふわりと甘い声が耳元でささやく。また会ったわね。そう彼女がささやくのが聴こえる。あるいはそれは風の音だったのかも知れないが。
気まぐれな通り道に偶々俺がいたのだろうか。会いに来てくれたのかい、なんて聞くことも出来ず、ただ突っ立ったまま、いつか探していた雨の日の女の白いベールに包まれたいた。

 
-- 続きを読む --
関連記事
スポンサーサイト
短編いろいろの関連記事

[edit]

ドロップダウン リンク

Twitter

FC2プロフ

バナー

最新コメント

最新記事

カレンダー

カテゴリ

ボタン

月別アーカイブ

blogram

ブロとも一覧